87歳の男の方と立ち話

 街で高齢の男性に声を掛けられた。その方は87歳になるという。
 そして、問わず語りにいろいろなことをお話ししてくださった。
 生まれ故郷の舞鶴の浜で遊んだ遠い子どもの頃こと、砂が鳴る浜であったこと、その浜で走って転んでじょうぶな体になったこと。
 父親を子どもの頃に亡くしたこと、自分は末っ子で長男とは10歳以上離れていたこと、通信簿をもらって帰っても見てくれる人がいなかったこと、やはり若くしてなくなったお母さまが最後に「お前は、末っ子でお父さんが早く亡くなって、面倒を見てくれる人がいなかったね。ごめんね」と謝ったこと。
 自分の妻の具合が悪くなってから食事内容が変わり便秘に悩まされたこと、自分で肉や脂肪分を食べるようにしたら便秘が治ったこと、といってもそれらを摂り過ぎてはいけないということ、健康には歩くのが一番だということ、などなど。
 私は、その方の年齢から考えて、戦争から大きな影響を受けているであろう、終戦時に二十歳であったことから軍隊の経験もあるだろう、そしてもし軍隊経験があるとすれば最も多くの方が戦死している世代だと思い、十分にお話しをうかがった後で、慎重に聞いてみた。
 「戦争の頃もご苦労なさったでしょうねえ」「ええ、サラリーマンの頃も大変でした」とその方は初めは聞き違えて返事をされた。しばらくしてもう一度聞いてみると。少し驚いたような顔をして「え、あ、ああ、一人だけ生き延びてねえ」と、聞き取れないほどの小さな声でそれだけ言うと、すぐに別の話題になった。
 もちろん、私はそれ以上は聞かず、大きく相づちを打って、またしばらく、その方がご自分から去るまで、お話しをうかがった。
 私は、大変に貴重な時間を得ることができ、考えるべき多くの事柄を与えられた。