シリーズ「電車で業」6ー花を持って電車に乗って

 お世話になっている事務所が移転し、今日打ち合わせに行くことになったので、お祝いに花を持って行った。
 私の地元の花屋さんでアレンジメントを作ってもらって、ラッピングされて紙袋入ったそれを持って、東海道線に乗って膝に抱え、イスに座った。
 花は冷えきっていたが、川崎駅あたりでだいぶ温まったのか、香りが漂ってきた。
 最初は気のせいかと思っていた。でも、人工的な化粧品の匂いなどとは違う。
 すると、前に立っていた年配の男性が、何回か花の紙袋を覗き込むようなそぶりを見せた。私が気になって顔を上げると、その男性が「いいにおいですね」と声を掛けてきた。
 私は、とっさに「え、ええ、ああ」としか言えなかった。
 どうも、混んだ電車に乗っていると、そこは敵意に満ちているような気になってきて、身構えてしまうので、やおらそんな言葉を掛けられて、戸惑ってしまったのである。
 しかし、「恐れ入ります」「ありがとうございます」もどうも変だし、「いやあ、まったく」というのも、ふさわしくない。
 けれども、とにかく、花の香りと、その男性からの言葉で、東京駅まで、混んだ電車の中でも、みんなと仲良くしよう、という気持ちになることができた。