カオス・シチリア物語と月皎たり

 一昨晩も昨晩も、見事に皎々たる月であった。あんな月に魅入られたいと思った。

  
 私の最も好きな外国映画の一つ、オムニバスの『カオス・シチリア物語』(パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ監督、1984年、イタリア)にも月に魅入られて、満月の夜に凶暴になる男の苦悩を描いた話がある。

 
 私は、月に魅入られたわけでもあるまいが、昨夜は美しい夢を見た。

 
 しんしんと冷え込む夜、友人らと歩いていたのは、西武池袋線椎名町駅付近の静かな町外れだった。私はぼんやりしているうちに、皆とはぐれてしまい、路地裏に踏み込んだ。
 そこにはまだ畑が残っていたが、枯れたすすきの間の小道をさらに奥へ進むと、すばらしい武蔵野の光景が広がっていた。

 
 数日前に降り積もった雪は、表通りにはまったくなくなっているのに、そのあたりは、砂利道の上にもまだたっぷりと残っている。
 その雪が白くはっきりと見えるのは、夜空に皎々と輝く月のせいだ。周囲には街灯などまったくないのに、不思議なほど明るい。
 視界の、近くには、雪をかぶった畑や冬枯れの草地が広がり、遠くには、雑木林とわずかに屋敷林が見える。
 樹木は皆、真っ黒いシルエットになっていて、日本画のように、白と黒と灰色と銀色が美しい。本当に美しい。
 よく見ると、畑のところどころに、こんもりとした低木が見える。小さな茶畑だ。
 私は「ああ、狭山茶の畑がこんなところにまで広がっていたんだな。でも、今は規模を縮小して、ほとんど自家消費用に作っているだけなんだな」と一人納得している。
 周囲には人家はほとんどなく、遠くの屋敷林の下にわずかに農家があるだけだが、その家の灯火もここからはまったく見えない。
 自分が吐く白い息だけが、自分を温めてくれる。

 
 こんな夢を見ることができたのは、やっぱり、月に魅入られたのかも知れない。