インドのお宿のストレンジャー

 大学3年の終わり頃だったか、初めての海外旅行で、一人でインドへ行った。パックツアーではなかったので、行く先々で、宿を探した。
 
 デリー旧市街の宿は、マーケットの外れにある古い3階建てで、その2階に泊まった。恐ろしく狭く、恐ろしく天井が低かった。
 
 部屋にあるのは、空手チョップを浴びせたスノコのようなベッドと、飛行機のプロペラに金網のカバーを掛けたような扇風機と、極彩色の神様の絵だけだった。
 
 部屋の鍵は一応掛かったが、枕の下には持参のナイフを入れておいた。
 
 ベッドは、まん中のけたになっている板が折れていて、仰向けに寝ると体がくの字に曲がった。
 
 扇風機は、あまりにも音がうるさいので、スイッチを消すと、たちまち体が熱気に包まれた。同時に、一晩中絶えることのない、外の雑踏のさまざまな音が伝わってきた。
 
 インドの神様の絵は、やっぱり神様だけあって、堂々としていた。
 
 2晩くらいは、がまんして泊まった。その後に泊まったアクラの宿もすさまじかった。
 
 それでも、ここ数日の東京の暑さの苦しみよりは、ましだったような気がする。それは、若かったことと、旅という非日常の最たる状態にあったからだろう。
 
 ストレンジャーは、ストレンジャーでいる間は、訪れた先々に非日常をもたらすだけでなく、自らが非日常そのものの存在なのである。