3月

 今日で3月も終わる。
 
 1945年3月10日未明、東京大空襲が始まった。私の母は、東京の下町、向島で、アメリカ軍による無差別爆撃の猛爆を受けた。
 
 祖父は出張中で留守。祖母と母、それに4人の弟。祖母は一番下の子を背負い、母は2番目の下の子の手を引き、向島から猛火の中を南下して小名木川にたどり着き、飛び込み、流れてきた布団を夜が明けるまでかぶって、助かった。後から布団に入って来た見知らぬ老婦人は朝亡くなっていた。
 
 母の近所の別の老婦人は、かねて用意の死装束を来て、杖を突き「死出の旅に出ます」と言い残し、炎の中に消えたという。母たちは幸い父と再会できた。この夜、10万人以上が亡くなったといわれている。
 
 この18年前、1927年3月10日に父が生まれた。父は1945年8月、旧満州で徴兵され、ソ満国境へ向かう軍用列車の中で終戦を迎え、シベリアに抑留され、数えきれないほどの死と遺体を見て、自らも死ぬ直前に帰国することができた。
 
 戦争が終わって19年後、その生き延びた父と母の間に私は生まれた。
 
 東京の桜の咲く直前、3月は、私には、すさまじい月である。