僕のTOKYO1964 〜「元大中小」または「いんさい」というボール遊びの名称〜

 私が小学校の頃、1970年代に「元大中小」「天大中小」または「いんさい」というボールを使った遊びがはやった。
 地面に大きく十文字に線を引き、4つの陣地それぞれに「元」「大」「中」「小」と名前をつけて人が立ち、バレーボールの大きさのゴムボールを4者が手で打ち合う遊びである。細かいルールは措くが、うまく打ち返せれば最高位の「元」「天」まで上がり、そうでなければ順に下がって、さらにゲームから外れて「並び」という順番待ちに落ちる。
 また、線を1本だけ引いて、2者で打ち合うものもありこれは「天小」「元小(げんしょう)」あるいは「いんさい」とも呼んでいた。4者のゲームも「いんさい」と呼んでいたかは記憶があいまいだが、2者の場合を特にそう呼んでいたように思う。
 この遊びは全国にあるらしく、名称もさまざまなようだが、以上は東京の駒込巣鴨地域での呼び名である。

 ここで話題にしたいのは、この呼び名についてである。最高位の「天」はともかく「元」とは何を意味するのかと同時に、「いんさい」という名称はひどく堅苦しい漢語的な響きがあり不思議であると、大人になってから思うようになった。
 それがあるとき、その意味に思い当たったのである。天皇が裁可することを「充裁(いんさい)」と呼ぶことを、第2次大戦中の日本のことを描いた本(確か『日本のいちばん長い日』(半藤一利)だったと思う)を読んだ時に知り、子どもの頃にやったあのボール遊びの「いんさい」はつまり「充裁」のことではなかったかと思ったのである。同時に「天」は天皇のことであり、「元」は元帥のことであり、「大」「中」「小」はそれぞれ「大将」「中将」「少将」のことであり、だから正確には「元大中少」「天大中少」であろうとも思った。
 「大将」「中将」「少将」はもちろん軍隊での将官の階級である。元帥は旧日本軍では階級ではなく、大将のうちさらに功績のある軍人に与えられる称号のようなものであったそうだ。天皇は「大元帥」という軍人としての称号を持っていたから、「天大中小」の「天」に対応する「元大中小」の最高位は「大元帥」の大であるが、これでは省略した場合に「大大中小」になってしまう。
 少し話しは違うが、漫画の『ひみつのアッコちゃん』には、ガキ大将で文字通りの「大将」というキャラクターが登場するが、その弟は「少将」である。「大」に対しての「小」ではなく「大将」に対しての「少将」である。

 『ひみつのアッコちゃん』の作者である赤塚不二夫は、戦前の生まれであるから、そうした名前が思い浮かぶのはごく自然であるし、このボール遊びも、私がやっていたのは戦後20年くらいの頃のことだから、子どもの遊びに軍隊の階級が出て来ることもさして不思議ではない。
 しかしもし「いんさい」が「充裁」のことであったとしたら、いったい誰がいつ名前をつけたのだろうと思う。
 子どもの遊びに関する名称や民衆の間に伝わる歌などは、文字になりにくく音で伝わるために、元の意味が失われやすいのは古今東西のならいであるが、日本の戦前に使われていた言葉も元の意味が加速度的にこれから失われてくることだろう。