うつなる人へ 〜人に頼るということ〜

 私自身が、いわゆる「うつ病」を患っていたのと、厚生労働省2001年認定「初級産業カウンセラー」(メンタルケア)資格と中央労災防止協会2002年認定「心理相談員」資格を持っていること、他にいくつかの精神保健に関する研修(精神対話士、いのちの電話相談員、調布市精神保健ボランティア養成講座)を受けていること、そして、これまでたくさんの人たちに心を支えてもらった経験から、いわゆる「うつ病」を患っているとされていたり、何だか分からないけど、とにかく「うつ」であったりという方たちに、少しでもお役に立てると思われることを、書いてみます。


 「うつ」という状態は心が悲鳴を上げている状態ですから、自力で回復させることは簡単なことではありません。心の問題であるため「自分の心のコントロールを自分でする」ということは、骨折した手で骨折した手を治療するようなものかもしれません。
 そこで、基本的には人に頼ることになります。しかし、この「人に頼る」ということがなかなか難しいのです。
 だいたいが、うまく人に頼って要領良くいろいろな難事を切り抜けられる人は(こういう人が悪いというわけではもちろんありません)、そもそもうつ状態などにはなりにくい。
 何でもかんでも自分の責任のように感じてしまうのが、うつ状態の特徴とも言えるくらいですから、苦しい状況になった時でも、すぐには人に頼らないことが多いのです。一見頼っているように見えてもそれは表面だけのことで、その人の本質的な部分では全然頼っていないこともあるわけです。


 うつ状態が進んで相当に苦しくなると、ようやく周囲の人に自分の痛苦を訴えるようになります。しかし、この「周囲の人」をどう選ぶかが難しい。
 なぜなら、当節これほど「うつ」や「うつ病」のことが言われていますけれども、実際に、この状態や病気のことを知識として理解している人は、圧倒的に少ない。また、多少の理解があったとしても、うつの人を受け入れられる度量や能力を持つ人も、決して多くはないからです。
 さて、ここでの「周囲の人」を分類してみましょう。家族、友人知人、職場の人、特別に訓練を受けた職場の人事等担当者、医療関係者、などが挙げられるでしょう。
 たいていはまず、家族や友人に話しをすることになりますが、それらの人が持っている資質として、あるいは経験上から、うつ状態にある人の話しをじょうずに傾聴できれば、本人はとても助かる。
 けれども、本人の苦しみは相当に重い場合もあるので、なかなかそうはいきません。たとえば、路上で脚を折った人がいて、ある人が近くの病院まで背負っていってあげようとしても、けがした人が重かったり、助けようとする人に体力がなければ、いくら手助けしようという気持ちがあっても背負って歩くことはできない。そこで他の人の手を借りたり、救急車を呼んだりする必要があったりするわけです。
 これと同じで、心の苦しみが重ければ、助けたいという気持ちがあって手を差し伸べても、場合によっては背負った方が押しつぶされてしまう。


 相談を受けてある程度その人の話しを傾聴したら迷わずに、ネットなどで、自治体の健康相談窓口、電話相談、心療内科、精神科クリニックなどを探して受け渡すことが大切です。
 医療機関では、たとえば骨折した人の移動一つを取っても、車椅子やストレッチャーが備えられ、専門のスタッフが運搬方法も心得ています。もちろん治療は、専門の教育と訓練を受けた人たちが担当することになります。
 職場の人も、うつ状態の人の苦しみを背負って受け入れることが簡単ではない点では、家族や友人らとそう変わりはないと思います。
 ただし、職場の人間関係は複雑なこともあり、場合によっては自分のことを話すことがプラスではなくマイナスになることもあるので注意が必要です。
 職場でも、人事や総務関係の部署で、私も取得している「産業カウンセラー」や「心理相談員」の資格を有している人がいれば、これらの人に相談するのは有効でしょう。


 そして、医療の専門家としての医師や、専門教育と訓練を受けたカウンセラーに相談するのが最も有効です。ただし、医師といっても専門外である場合(精神科の医師ではなく内科や外科の医師である場合)には、有効な診療を受けることができない可能性もあるので、心療内科、精神科を受診するのが良いでしょう。
 さらに、受診した医師やカウンセラーとの「相性」という問題が出てきますが、それを懸念してしまうと、医療機関につながる機会を減少させる可能性があるので、ここでは問題とはしないことにします。
 うつ状態うつ病の人がきちんと専門家につながるまで、という道程は、まったく知識のない人には大変に遠いことかも知れません。しかし、どんな病気であっても、初めは誰かに声を掛けなければ治療は始まりません。専門家が手当りしだいに各戸を回って患者を探しているわけではないからです。


 つながった先にも、つながる途中にも、人が介在していることは重要です。
 少しくらいの嫌なことや落ち込みなら、一人で趣味にでも没頭した方が癒しになることもあります。風呂につかって一人でぼんやりしているのも良いでしょう。
 けれども、やはり最終的には「人を助けるのは人でしかない」「自分を助けてくれるのは他者でしかない」のです。
 うつが進んで病気になってしまったら、医療機関での薬物療法も有効ですが、心の病気には専門のカウンセラーによる心理療法(カウンセリング)が絶対に必要ですし、そもそも薬を処方するのも人なのです。
 うつ病では、自分から医療機関へのつながりを持つのは、簡単ではないかも知れません。けれども、間接的でも多少回り道をしてでも専門家へつながり、やがてはその苦しさから逃れる方向へと歩んで欲しいと思います。そこに多少の時間がかかっても、それは仕方がないとも思うのです。