シルクロードのラグメン

 1990年と2000年の2回、中国の北京からパキスタンイスラマバードまでのシルクロードを、鉄道とバスを使った陸路の旅をした。
 その時、新彊ウイグル自治区ウルムチやカシュガールで何度も食ったのがこのラグメン。ウイグル族を中心としたシルクロードイスラームたちの料理だ。いろいろな種類があるらしいが、私が食ったものを乏しい記憶をもとに再現している。私は夏になると毎年、何回も作って食っている。


1、材料は、羊の肉(ラムでもマトンでも何でも良い、形も何でも良い。ただし臭みがある方が現地の味に近い)、トマト、ピーマン、インゲン、小麦粉(薄力粉)、食用油(グレープシードオイルやオリーブ油を私は使う)、塩(岩塩が最も好ましい)。


2、麺は第2回「北京の牛肉麺」と同様に、日本のうどんとまったく同じと考えて良い。つまり、つなぎの卵やかんすいなどは入っていない。
 小麦粉に塩水を混ぜて、手でこね、足でよく踏んで数時間寝かせ、延ばして折って切る。水気が多かったり打ち粉が少ないと、切った後にうどんがくっついて元のだんごに退化することがある。


3、インゲンが入ったラグ麺は、1990年時点ではウルムチでもカシュガルでも私は見なかった。しかし、2000年時点では、ほとんどどこの店でも入っていたようだ。インゲンを入れるのが流行ったか、インゲンがこの地によく流通するようになったのだろうか。
 ピーマンは、小さめに切った方が口当たりが良い。トマトは熟して皮が破れて見切り品になっているようなものが良い。青みが残っているトマトではおいしくできない。
 材料にタマネギを加えてみたこともあったが、現地で食ったものとは異なったものに感じられた。


4、食用油は現地でどんな油を使っていたのかは不明だ。漢民族は地域によってか料理によってか、綿実油やピーナッツ油などいろいろ使っているようだ。新彊ウイグル自治区はブドウの一大産地なので、グレープシードオイルを使っていたりはしないだろうか。
 肉を炒め、青い野菜を炒め、トマトを入れ、塩を入れる。トマトが熱と塩分でとろけてくる。沙漠の料理だけに、塩は岩塩が良い。調味料は塩だけにするのが現地の味だ。クミンシードを加えてもエキゾチックな味になって悪くないが、私は加えないことの方が多い。


5、麺をゆでる。ゆで時間は適当。自分で打つと、麺の塩加減ややわらかさが適当でも、もちもちした歯ごたえにゆで上がる。


6、ゆでた麺を皿にあけて上から具をぶっかけて供するが、現地では不思議なことに、麺と具が別々の皿に乗って出て来る店が複数あった。別々に出て来ても、すぐに具を麺にかけてしまうので、何の意味があるのか不明だったが、現地の人には、何か独自の食べ方があったのかも知れない。
 現地の店は建物の中の食堂もあるが、カシュガールあたりでは沙漠のオアシスに小屋掛けした屋台のような店もあった。いずれにしてもテーブルの上で箸を使って食う。テーブルにはニンニクがころがっていることがあり、これを生のまま勝手にかじって食う人もいて、私もそうやって食った。


 中国文化圏が伝統的にアジアのどこまで広がっているのか、ということに関心があり、特に食文化については興味が尽きない。麺と箸が(中国文化であるならば)、中国の周囲、東西南北のどこまで広がっているのか一度自分の足で調べてみたいという強い願望がある。
 私のシルクロードの旅は、北京から鉄道を4日間乗り続けて区都ウルムチへ至り、ここから1回目の時はバスで2泊3日、10年後の2回目は鉄道が開通していて、それでも2日間乗りっぱなしでカシュガールへ着いた。
 ウルムチからカシュガルへ至ってもウイグル人の現地の料理として麺と箸があった。カシュガールからはバスに乗ってやや南方へ折れて、中央アジア諸国の国境がせめぎあう、タシュクールガン・タジク自治県に至った。ここまで来ると、数少ない漢民族がわずかに箸を使っているだけであった。
 パキスタンに入ると、箸も麺も見当たらなくなる。もっとも、フンザ、ギルギット、イスラマバードだけしか見ていないのでこれも何とも言えないが。
 インド文化圏でもスリランカには、米粉を蒸して作る麺料理があるらしい。イデワッパという麺で、米粉の生地をそば状に絞り出して蒸し、竹のザルに盛る(『アジア食文化の旅』(大村次郷著 朝日新聞社1989年発行))。ちなみにワッパという言葉が日本語と共通なのが興味深い。しかし以前に行ったインドのデリーからカルカッタに至る旅ではやはり麺は見かけなかった。


 私は、ウルムチでは漢民族の料理を少しは食ったが、カシュガールではほとんどもっぱらウイグル料理だけを食った。それもこのラグメンが多かった。シシカバブーの類もあったが、炊き込みご飯や羊のスープが意外にあまり口に入らなかった。
 炊き込みご飯はポロと呼ばれていた。ポロ、ピラフ、パエリア、どれも同じ語源であろう。これが南欧と共通の料理であるのは間違いない。ラグメンは、何を意味するのかは分からない。メンは麺のことであろうか。現地では中国語で拌麺(バンミェン)とも呼ばれていた。
 インド・イスラム文化圏から西には、味噌や醤油のような発酵調味料、アミノ酸イノシン酸などの旨味というものがまったくないか、ほとんどないと思われ、味付けは塩と香辛料だけになるようだ。ラグメンも例外ではない。
 発酵調味料を使うのが中国文化圏の料理の大きな特徴だとすると、ラグメンは箸を使って食う麺料理ながら発酵調味料を使わない料理であるから、まさに文化圏の境い目に位置する料理だといえる、と思う。
 毎年夏に自宅で、羊肉とトマトとピーマンの香りが合わさった独特のにおいが鍋から立ちのぼるのをかぐと、二度の旅の最初にラグメンを食べた時の感激が、必ずよみがえってくる。そして、日本の夏を乗り切ろうという気持ちが三日間くらいは続いてくれる。