電車で別れる二人の光景

 電車に乗ったら、隣に若いアベックいやカップルが座っていた。
 やがて、女性の方が先に電車から降りて、ホームからこちらを、いや、彼氏の方を見ている。
 彼は、携帯をいじくっているようだ。
 彼女は、じーっと彼を見ている。
 その表情は「ねえ、見て、見て。こっちを見て。電車が出ちゃうよ。ねえ、どうして見てくれないの」と切なく訴えていた。
 あの顔はものすごかった。あんなに哀切極まる女性の顔は滅多に見られるものではない。電車がゆっくりと動き出すと、ようやく彼は顔を上げたようだ。
 彼女は、安心して、そして満面の笑みで彼を見送った。

 私としては、若いアベックいやカップルが妬ましいので、彼がついに顔を上げず、彼女が絶望のまなざしでホームに取り残される様子を見て、そうして彼女が、彼の愛情の薄さ、あるいは思いやりのなさ、または女性への気遣いができない幼さに、初めて気づく、そんな光景を意地悪く期待しても良かったのだが、不思議と、彼女のホッとした顔を見て、私も安心してしまった。

 私なら、わざと顔を上げず、ぎりぎりになってさっと顔を上げて笑いかけ、彼女をちょっとじらしてから安心させるのに、とも思ったが、そういうことをすると、たいてい、こちらが顔を上げた時には、相手の女性はとっととそっぽを向いて歩き始めていたり、姿さえも見えなくなっていたりするものだ。