富士山の偉容を見た

 正月3日、東海道線身延線、中央線、飯田線を乗り継いで小旅行をした。この途中、富士駅付近で、富士山の偉容を見た。
 
 そのあまりの雄大さは、畏敬を通り越し畏怖を感じた。いや、恐怖感を憶えた。大きな山を見ると恐怖感を抱くのは、一種の神経症であると聞いたことがあるが、そうかも知れない。
 
 富士山は、東京からのようにたまに小さく見えると、その偉容は、異様な迫力で迫ってくる。富士山をまったく見られない地域の人は、むしろそうでもないかも知れない。
 
 この眼前の巨大な富士を、生まれてからずっと、いや、先祖代々ずっと見ている富士の地元の人たちと、私のような者では、人格形成上で何か大きな差異があるのではないか、とも思う。どうなのだろう。