掃き清めた玄関先のアブラゼミ君の屍
先日、猛暑の昼下がり、ある住宅街を歩いていたら、新築の家の真っ白に掃き清められた玄関先の、真四角なコンクリートのまん真ん中に、ひっくり返ったアブラゼミ君の屍があった。
私はそれを見て、その光景を見て、つい笑ってしまった。
アブラゼミ君はおそらく天寿をまっとうした自然死であろうから悲しむには及ばないけれど、笑うことでもない。
死んで体が乾燥して、風に吹き飛ばされてこの玄関先にたどり着いて、ひっくり返ったのか、這ってここまで来て、ひっくり返って死んだのか、いずれ自然なことだ。
その家にしても、朝方、ていねいに掃き清めて、昼下がりには、家の中で過ごしているか留守にしているか、いずれアブラゼミ君の屍があるとは思うまい。
けれども、私にはそれらが不思議とおかしくて、気になって、通り過ぎてからも頭から離れない。
よほど戻って、そのアブラゼミ君の屍を拾って、道ばたにでも移そうかと思った。けれども、真っ昼間に、他人様の玄関先に屈み込んでいたら、それを人に見られたら、何と言い訳をしよう。
「いや、その、こちらのお宅の玄関先にアブラゼミの屍骸があったので、それが、おかしくて、いや、気になって、いやいや、とにかく、移そうかと、思いまして」
などと言ったら、運が良ければ無視され、運が悪ければ当節であるから通報されるかも知れない。
もちろん、私は、何もせずにそのまま先へ進んだ。
あの縮こまったアブラゼミ君の脚。
でも、何だか、これを書いているうちに、あのアブラゼミ君が愛おしくなってきた。もうすぐ、顔も知らないあの家の主も愛おしくなるだろう。もう笑うことは、ない。