「防火水そう」

 梅雨の晴れ間に、図書館へ歩いた。途中で標識の付け替え工事をしていた。眼鏡をかけた作業員が一人で、脚立に乗って、大きな円形で真っ赤な全面に白抜き文字で「防火水そう」と書いてある標識を、裏からネジ止めしていた。
 
 脚立の足元には、錆びて判読しにくくなった同じデザインの標識が置いてあった。ところが、今まさに取り付けられている真新しい標識は、表から見ると天地が逆になっている。
 
 裏からネジ止めをしている作業員からは表の文字は見えないから、裏に天地の印でも書いていないければ、持ち上げる前によく確認をするか、仮止めでもして(そういう工程があるのかどうかは知らないが)、いったん脚立を降りて、前へ回って、そして安心するか吃驚するかしかない。
 
 私はよほど教えてさしあげようかと思った。けれども、こちらは素人だ。ひょっとすると、最初は天地をさかさまにネジ止めして、慣らしのようなことをして、それから正しく固定するといった、素人には分からない作業をしているのかも知れない。素人が下手なことを言ったら、「ははは、良いんですよ、まずはこれで」とか「素人が何言ってやがんでえ」とか言われ、双方にとって時間とエネルギーの浪費になるかも知れない。
 
 そんなやっかいな工程が存在するとはほとんど考えられないが、私の思うところでは、2パーセントくらいの確率でそれもあり得る。だから、不親切だったかも知れないが、そのまま通り過ぎた。帰路はその道を通らなかったので、その後正しく取り付けられたかどうかは分からない。明日にでも確かめてみよう。