詩 第1回 〜季節は移り僕はまだ生きている〜

河童河太郎


うちの近所の小さな野川に
人知れず河童の河太郎が住んでいる
雨の日はいつも一人で膝を抱えて
草の河原に座り込んでいる
少し濁った川面に無数に生まれる雨滴の輪
一年でいちばん鮮やかに濃くなった緑の葉っぱ
そしてぼんやりとした空の色
それらをながめながらじっとしている
雨が上がったらさっと川に飛び込むけど
今はただじっとしている
近くの橋には人も通りかかるけど
誰も河太郎には気づかない
人に見られたら困るけど
ちょっとだけ誰かに見つけられたい
河太郎は何を待っているのかな



深夜3時41分


夜半から雨が降り出した
ざあざあではなく ぴちゃぴちゃと 大粒の水滴が
一つひとつ地面で砕けているのが 音で分かる
眠れない
パソコンのモーター音がひどく耳に障る



真夏の音を思い出してみよう


遠くの運動場の野球練習の掛け声
遠くの空の向こうをゆく飛行機の爆音
遠くの路地を走る自転車のベル
遠くの建設現場のハンマーの音
今日聞いた真夏の音
思い出



かねたたき


窓をあけると 涼しいな
片方の耳は枕に
もう片方の耳は 窓からの夜風に
夜風といっしょに 聴こえる
ちん ちん ちん
かねたたきの鳴く声が
ちん ちん ちん
どこか知らない 草の根っこで
独りで ちん
子どもの頃にも 聴いたな
来年も 聴かせてな
ちん



たぬきが月に化けた


今夜もふいに
たぬきが月に化けて出てきた
まったくうまい具合に
影になった雲をまとい
夜空からはっきりと手前に出てきた
たぬきの奴あんな色で出てきて
かぼちゃで作った菓子のような色
ほくほくとうまそうな色の月
また忘れた頃に化けて出てくるんだろう
そうだろう



コロねこコロたん


こたつの上に乗っていてもコロは寒いのかい
真ん丸のボールみたいになっているじゃないか
でも僕だって背中を丸めている
そんなに寒いわけでもないのに
コロも僕も寒くないのに背中を丸めている
どうしてかな
寂しいからかな
一緒にいるのに寂しいの
しあわせなのに寂しいの



苦しさよ


ようやくにおってきた春の気を喜べぬ 苦しさよ
梅の花から桜の花への端境を味わえぬ 苦しさよ
チュチュピーチュチュピーと鳴く鳥を愛おしめぬ 苦しさよ
街角での夕餉の香りを懐かしめぬ 苦しさよ
夜風が窓を何度も何度も鳴らす音に胸踊れぬ 苦しさよ
苦しさよ 苦しさよ
去ってくれ
おまえが去ってくれたら
僕はまた 人の心を たくさん抱きたいのだ
そうして 忘れた頃
苦しさよ 僕のもとへ また 戻っておいで